望楼守

望楼守の生思考Pathfinder

ゲーテの「ファウスト」第2部の第5幕(最終幕)で望楼守リュンケウスは
ファウストの館の望楼で朗々と歌う。

Zum Sehen geboren
Zum Scauen bestellt
見るために生まれ
物見の役を仰せつけられ (高橋義孝訳)

20世紀を代表するThe Best & The Brightestのひとり、
故ピーター・ドラッカーはこの言葉を引用して
社会生態学者である自らをこの望楼守にたとえた。

社会生態学者は、変化してゆく社会の本質をつかみ、
まだ誰も気づいていない変化の兆しを見い出す者である。

彼によるとSocial Ecologist(社会生態学者)は、
社会を分析するのではなく、その在り様をただ観察するだけである。

部分をいくらあつめても全体にはなりえない。
だから、社会の一部分を切り取り分析するのではなく、
変化する社会を全体としてとらえるのだという。

分析は事象をフレームワークに沿って切り分け、不要なものを切り捨てる。
ある事象をふるいにかけ、相対的に大きいものを残し、小さいものを捨象する。

しかし、残ったものにその本質があるとは限らず、
捨て去ったものの中にこそその本質があるかもしれない。

まだ誰も知らない変化の兆しは、その時切り捨てられてしまう。
それゆえ、社会生態学者は、分析をするのではなく、観察をするのだろう。

Pathfinderとは、先の見えない時代において、
道なき道を自らの手で切り拓く者だ。

そのためには、Social Ecologistの眼で世界を見る必要がある。